ニートのひと思い

感じたことを書いていきます。

受け皿

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
どうも、空無水(くかなす)です。


お久しぶりの更新です。
皆様どうお過ごしでしょうか。
10月に入り、やっと暑さもどこに行ったのやら…
知らぬ間に10月半ばに差し掛かろうとしています。
最近、めっきり寒くなってきたので気温差で体調を崩しやすい季節になってまいりましたので、十分お気をつけください。
ちなみに36.7℃あり、平熱が低い私にとってはアツアツです。
今日は薬を飲んで早めに休みたいと思います。






さてさてさーて、
皆さん突然の質問ですが、
「もし、初対面の方に冗談を言われて、あなたはどうしますか?」


一瞬どう答えていいかわからなくなる質問ですよね
素直に答える人もいれば、少しひねくれてしまって答えない人もいるかもしれません。


それでいいのです。
答えは明白にはなく、
これは単に言われた時にあなたがどう思うかなのです。



正直私は嫌です。


そんなにあなたとも仲良くなっていない間柄の方に
なぜにこのような言われ方をされないといけないのだろうかと。


じゃあ、逆に仲良くなったら言っていいのか?





いいえ、それはその人の関係によります。


普段、好きという気持ちを伝えている人たちにからかったりするのは、
「こういうこと言ったら傷つくだろうな」
「このひとにならここを言っても大丈夫だろうな」
という線引が行われているからこそ、出来る言葉選びなのです。


気持ちというのは目に見えないもので
言葉をしっかり伝えていかないと相手の表情も読み取れません。


そのため、「この人なら何言っても大丈夫だろう」
という過信は少々度を超えることがあります。



何を言ってもいい?


否、皆感情ある人間なのです。
そら、たとえ冗談だったとしても
悪口でもなくても、傷つくものは傷つきます。





ある程度関係が築けている人でも、
時に間違いを犯すこともあります。


だからこそ、その時にちゃんと傷ついてることを発言し、
また、言ってしまった方もきちんと謝って
双方の気持ちにわだかまりのない状態にしたいものですよね。




例えば、「あだ名」


一見、親しみやすさがあるこの行動ですが、
一歩見解が違うと、本人にとっても
また軽くつけた相手にとっても
嫌な思いをしてしまうことがあります。


「誰々に似てる」
と言ってたことも同じようなことが言えますね。
芸能人の方等に似ているので嬉しい感覚を覚える人もいますが、
反対に嫌なときもあるのです。
悪意のある付け方をするなら、尚更許せないですね。





こう考えても見てください。
あなたは同じようなことを言われて喜ぶことが出来るでしょうか?


否、もし少しでも嫌な気持ちがあるのならば
直ちにその呼び方はやめましょう。


そして、嫌だなと感じたのならば、
その相手に対して誠意を込めて謝りましょう。




自分に置き換えた時どのくらいの人が考え方について
受け入れるのでしょうか?


もしかしたら、それすらも考えられないのかもしれません。
それもまた感情です。




しかし、もし
もし、ほんの少し


考えてみようと思ったのならば、
あなたは一歩また成長しています。



無理にその考えを考えをとは言いません。
少しでいいのです。


ただ、
「そういう考え方があるんだな」
と受け入れてほしいのです。





人間、誰しも許容範囲がございます。


植物に水を上げた時に水が溢れかえる
そんなように考えを突っぱねては
その考えしかできなくなるというものです。



根を張るように
どの考えもきちんと理解しなくてもいい
ただ、吸収するように
受け入れては見ませんか?






今宵も見ていただきありがとうございます。
更新頻度はだいぶ低めですが、
ここは私なりの解釈と考えをダラダラ日記として記してあります。


今後もこのようなカタチになりますが楽しんでもらえたら幸いです。
それでは、よい夢を見れますように。

砂糖

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
どうも、空無水(くかなす)です。



ようやく、暑さもおさまって来た頃ですね
といっても、季節の変わり目ですので体調にはお気をつけください。






さて、あなたは褒められたことはありますか?
「すごいね」
「えらいね」
簡単に言える言葉かもしれません。
もしくは人によってはそうでないかもしれません。


感じ方は人それぞれですが、
人から褒めれれるということは
自己肯定感を上げる効果があるとされています。
人によっては逆効果の場合もありますが、
それは多種多様の対応となりますね。


「何かしなくてはならない」


そんな思いに枯れせるとき
どうしていいかわからなくなります。


誰に頼ったらいいのか
誰を頼ればいいのか


相談事をするときに
相手に幻滅されないだろうか




…本当に生きにくい考えしてるなと思います。笑


嫌われてもいい勇気もなく、
信じることもわからなくなってきた私が
なぜ褒めることについて考えたのか


それはこれまでの経験から思うからなのです。
裏切られたことはたくさんありました。
もちろん、私自身も裏切っていた可能性はあったと思います。
私が認知していないだけで


それはもう起こり終えたこと
過去は覆せません。


そう考えたときに
私はただ褒めてほしかったのかもなと考えるのです。
相手のことを考えてるようで実は自分のことしか考えていなかったのかな
と感じます。



正直、褒められたことは何回もありました。
ただ、後々にそれらがだめな行為という認識になってしまい、
申し訳なってくるのです。



生きてるだけで
自分は足枷のように感じ、誰もがそう思ってもいないのに
被害妄想に走ってしまいました。


それもある意味人間の本質と言えるのでしょう。
…厄介ことこの上ないですね笑



その考えを受け入れ、そして
狭い視野だったのだと気づくことができたのは


紛れもなく、人の温かさに触れたからです。






人間は承認欲求の塊です。
褒めてほしい
受け入れてほしい


そして愛してほしい







私は決してこの考えを否定しているのではありません。
こういう考えもあるということを認識しているだけなのです。



私も感情ある人間です。
喜び、
悲しむこともあります。



それを否定する権利は誰にもないのです。
そう、
私も相手を否定する権利はないのです。



もちろん、
仕事などでの意見の衝突はあると思います。
それはお互いにより良いものにしよう
という向上心故に起こりうる必要な肯定だと考えます。




問題は頭ごなしに意見を否定するのでは
相手も自分の考え方をきちんと話してはくれないでしょう。


大事なことは相手にとっても自分にとってもより良い環境下で
話せるかということなのです。




すなわち、相手関連では?と思う人もいるかもしれませんが
自分にとっても発言できる環境下にできるのです。




褒める事からだいぶずれたかもしれませんが
はじめの一歩こそ
褒めることが重要なのです。



あなたは誰かを褒めたことはありますか?
あなたにとっても相手にとっても
言える関係性が築けるといいですね。





では今回はこの辺で。
あなたにとって、今日もまた眠れますように。

曖昧

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
どうも、空無水(くかなす)です。


少しずつ暑さもマシになってきたかなと思いつつ、
やはり暑いものは暑いので
まだまだ熱中症にはお気をつけくださいね。










さてさてさーて。
そろそろ頑張らねばならないところなのですが、
私は妙にやる気が出ません。


「そもそも安期ってなんですかね?」



哲学でも習ったほうが良いのでしょうか?



まあ、そんな冗談はさておき
そんなときにどうやって切り抜けてきたんだろうと
自分に問うことがあります。


いえ
特になにかできたわけでもありませんでした。




何を持って強さと言えるのでしょう
その真意が聞きたいものです。


「強さ」と言っても物理的なものなのか
はたまた、心情的なものなのか


私には分かりかねます


正直、そんな期待するほど私の能力が著しく高いわけでもありません。