ニートのひと思い

感じたことを書いていきます。

名づけ

空無水(くかなす)

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
どうも、空無水(くかなす)です。


お久しぶりです。

だいぶ更新していませんでしたね。

何年前になるのでしょうか?まあ、それもまた時の流れですね笑

そんなことを考えつつ、今回はある出来事があったため、感じたことを書いていこうかなと思います。



さてさてさーて。


ここからは、ある出来事のはなし。

先ほど、両親から送られてきたのは1枚の写真でした。


黒とグレーの縞模様の毛並みに

前足の手を引っ込めて、

部屋の角にうずくまって、

こちらを見つめている小さな体。


子猫の写真が送られてきました。




そして、母からこんな一言。


「お願いがあります。子猫に名前を付けてください」









私の第一声は「はあ?」でした笑

話を聞くとどうやら近所の方に譲り受けたらしいとのこと。


譲り受けた両親が名づけ親をするのではないか?と疑問に思いつつ、両親的に呼びやすい名前がいいのかなと変な名前にならないように、送られてきた1枚の写真を見ながらいくつか候補の名前を送りました。



あげた候補の中でこれがいいと思いますと母が伝えたのでこれで決定と思いきや、父から別の名前が提案され、その子のことを考えてるのかなぜその名前にしたかわからない名前を提案され、今度は母から父から提案した名前の頭文字のみ変更された名前が送られてきました。


…決定といったのはどこのどいつだ?と思いましたね。笑

(ちなみに父から提案された名前はボッターでした。笑)



さすがにかわいそうだなと思ったので、間をとってこの名前は?と提案。

折衷案を出す始末。

これ以上振り回されるのもごめんだったため、冷たいですが

「もし、嫌ならあとは2人で決めてください。笑」と送信。



今までスムーズに送信されていた通知音が止まり、

両親の性格上、これ以上怒らせないように穏便に済まそうと思ったのでしょうか。


「これに決定します。ありがとうございます。🙇‍♀️」


とメッセージが送られてきました。

私にお願いしたところで結局のところ、自分たちの都合でしか考えてないそんな両親にやるせなさを感じるそんな出来事でした。






これを読んだとき、あなたはどう感じたでしょうか?

両親のことを「ひどい」と思うのか

はたまた、私の対応が「ひどい」と思うのかもしれません。



名づけるということは私にとって意味があるものだと感じます。


人の名前

植物の名前

動物の名前

機械の名前

星の名前

建物の名前

地名

など


世の中には名であふれていると思います。

確かに科学上そんなに意味のない名前もあります。

何かの賞などについてる名前自体も、その項目において実績を功した方の名前が命名されていることもあります。



そんな中で人から人へと名前を名づけるということは、

今後、その子にとって幸せに生きてほしいという願いからつける貴重な体験なのではないかと感じます。


名前のように誇らしく生きれるように

優しい人になってほしいように

広い心をもって誰かとつながれるように


そんな願いを込めながら



人によっては、「名前でそんなに深く考えなくてもいいのでは?」「かわいい・かっこいいだけでいいじゃん」

と感じる方もいるかもしれません。


それでもいいかもしれません。


だからこそ、尊い1つの命が誕生しているなら、その子の幸せを望むなら、


どうか、親の都合でその子たちを振り回さないでほしい

そう感じるのです。



もし、あなたが両親から贈られてた初めての名前が

適当に決めた

かわいいからかっこいいから

意味なんてない




そう言われた際に何を思いますか?






私でしたら、名前を「 」にしたいでしょう。


それでは、失礼します。

片付け

空無水(くかなす)

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
どうも、空無水(くかなす)です。


久しぶりの更新になります。

本当に久しぶりの更新になります。

ここ数年に働きはじめ、更新することを忘れてしまい、現在に至るということです。(笑)

この記事を見ている人はどのくらいいるのでしょうか。

まあ、いるかもしれないし、いないかもしれません。

それでもいいのです。

完全に自分の自己満足で書いているものですから。




さてさてさーて。

急ではございますが、皆様は片付けが得意ですか?


なんでもいいです。

部屋の片づけにまつわる収納や整理、掃除といったものから

人間関係や心の片づけといわれる抽象的まで


私は、できると時とできない時があります。


掃除や収納のような片付けはできる方なのかと思います。

物は何かしらの片づける方法があるからです。


しかしながら、人の関係や気持ちはどうしても一筋縄ではいきません。


人との区切りをつけるのは苦手です。

気持ちを察して、その人に都合のいい言葉を伝えることもできてしまうことも

後に裏で言われているということも

自分の気持ちとは反対の気持ちを発していることも

素直に言った言葉が相手を傷つけることも


知っているから偽っている。

そうしないと「いわれた相手が傷つく」と感じるから。


私は自分のエゴでそう相手に優しい言葉を吐いていたのかもしれない。

相手からみたら「優しい人」になるのでしょうか。


でも、自分では「演じている」だけ。

自己防衛としてしていることかもしれません。

…本当の優しい人は、そんなことしないでしょうね。



なんて、

こんな風にいつも自分を責めていました。

どうしても、自分で自分を責めないと納得がいかなかったのかもしれません。

自分の気持ちに折り合いをつけること

白黒はっきりさせることが好きだったのかもしれません。


自分で視野をがんじがらめにしてしまったのかもしれません。



どこかの誰かが

「もっと曖昧でいいんだよ」

って、言ってくれた時に、


なぜだか納得したことを思い出します。


片付けのように

チリひとつ残らない完璧な部屋にもしかしたら自分で求めてしまったのかもしれませんね。


人間とは曖昧な存在で

そんな自分を受け入れてもいいと


そんな風に思えてきたこの頃のわたしです。





…と今回は曖昧な感じで終わります。


いつも通りだって?


いいじゃないですか、“あいまい”で


では、失礼します。

石ころ

空無水(くかなす)

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
空無水(くかなす)です。


皆様、お久しぶりです。
ここ数年ニートから脱出しブログの過ぎ去ってすら一年以上もあけてしまいました。
なんとも言いようがないです。
冬の寒さも少しずつ溶け始め、春の準備に空気も変わり始めている頃ではないでしょうか?


寒さが過ぎ去ってくれるのはありがたいですが、花も痒くなってきますので個人的に複雑です。




さてさてさーーて
石を見る時ってどんなときだと思いますか?


何気ない公共の道路
海岸にひっそり流れる
山脈を登る道脇


例を挙げたらキリがないくらい
いろんなところにいますよね


三角や四角といったわかりやすいカタチ
でこぼこした面白いカタチ
色がついたカラフルなカタチ


いろんな形があって面白いですよね


ある意味
人間も同じで
いろんな容姿や性格がある


そのひとつひとつが同じものなんて一つもなくて
どんなカタチも面白い



誰にでもある劣等感に押しつぶされたり
人って自分より優れている性格や能力に
何かしらの嫉妬を感じてしまい
誰にでもある劣等感に押しつぶされたり
そして自分を卑下する
そんな生き物である


もちろん、気にしていない人もいる
そんななかで今日も生きている


そんなに自分を責めなくていい
無理にその人にならなくてもいい


あなたは「あなた」しかいないのだから
あなたをどうか受け止めてあげてください



石に例えるなと
このご時世揚げ足取りするけれど


裏を返せば
原石とも言えるのではないでしょうか
って個人的に思います。




どんな石でも自分らしい宝石になれると思います


私も自己肯定感は高い方ではありません。
自分な嫌いなところはあげだしたらきりがないでしょう。


それでも
自分も少しはいいんじゃないかと
そう思うえるようになったのも
何年もかかりました。




すぐすぐ変えることは難しい


いいのです。
そうしたら、次自分がなにかできたことに関して


褒めてあげてください。


自分を褒めたっていいです。


それを止める権利なんて誰にもありません。


しかしながら、犯罪やいじめといった
他人に迷惑をかけることがいいことではないのはあしからず


そんなことわかっているという人もいるかもしれません
それはそれです。笑






ここで笑っていただけたあなた
とてもいい笑顔です。



そんな自分を褒めてあげてください



あなたにとって素敵なことが起こりますように
ではこの辺にて失礼します。